世界中が注目するインターネットガバナンスのゆくえー国連HLPDC報告書ー 

Key Takeaways: 国連HLPDC報告書の注目点

  • 「包摂的なデジタル経済の構築」のためにはマルチステークホルダーでの取り組みが必要。国内の政策枠組みや国際協定については、金融の包摂性、イノベーション、投資、そして成長を推進しながら、人々や環境を保護し、公正な競争条件や持続可能な税基盤を維持するための方法を見出す必要。
  • 税制、貿易、消費者保護、競争の4分野が、とりわけデジタル時代において考え方を改めなければならない分野。データ流通と保護の問題やデジタル課税の問題にも触れながら詳述。
  • 「グローバルなデジタル協力のためのメカニズム」については、①インターネットガバナンスフォーラム・プラス、②分散された共同ガバナンス・アーキテクチャー、③デジタルコモンズ・アーキテクチャーの3つのメカニズムを提案。

 2019年6月10日、インターネットガバナンスに関わる世界中のステークホルダーが注目する報告書が公表されました。それは、国連デジタル協力に関するハイレベルパネル(High Level Panel on Digital Cooperation: 以下、HLPDC)報告書。本稿では、このHLPDCのこれまでの作業や今回の報告書の内容についてご紹介します。

 

Melinda Gates氏やJack Ma氏が議長を務めるHLPDCとは?

2018年7月、Antonio Guterres国連事務総長は、デジタル技術の進展に比して、現状の国際協力の方法や水準が不十分であるとして、「デジタル協力に関するハイレベルパネル(High-level Panel on Digital Cooperation: HLPDC)」を設置することを発表しました。

HLPDCは、デジタル協力に関する枠組みの議論に資する、また、この問題に関する国家間の対話を促進する報告書の作成・公表を目的として、活動を開始しました。HLPDCは、Microsoftの共同創業者であるBill Gates氏の妻で、Bill & Melinda Gates財団の共同会長であるMelinda Gates氏、並びにAlibabaの創業者であり現会長でもあるJack Ma氏が共同議長を務め、世界各国の政府、民間セクター、アカデミア、技術コミュニティ、そして市民社会出身の20名の委員から構成されています。日本からは、安西祐一郎氏が委員として入っています。

2018年7月に活動を開始して以降、2018年9月、2019年1月、2019年3月の3度にわたり会合を開催し、2018年10月には、オープンコンサルテーションの機会を設け、世界各国から意見募集を実施しました。また、2019年4月には、フィンランド外務大臣の招待を受け、IT技術と外交の関係強化を議論するEUのグローバルテックパネル(EU's Global Tech Panel )と合同会合を実施しました。

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HLPDC報告書の内容(勧告部分を中心に)

2019年6月、HLPDCの報告書が公表されました。そのタイトルは「デジタル相互依存の時代(The Age of Digital Interdependence)」。報告書は、エグゼクティブサマリー(要約)、本文、勧告、その他附属書等からなります。本稿では、報告書の中でどのような勧告がなされているのか、簡単にご紹介します。

なお、それぞれの勧告の中で「勧告する(recommend)」となっているもの、「すべきである(should)」となっているもの、「求める(call on)」となっているもの、さらには「強く求める(urge)」となっているものがあり、注意して読む必要があります。

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包摂的なデジタル経済と社会の構築(An Inclusive Digital Economy and Society)

勧告1A: 

2030年までに、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に実質的に貢献する手段として、全ての成人がデジタルネットワークのみならず、デジタル金融サービスや健康サービスにアクセスできるようにすべきである。これらサービスの提供が人々を濫用(abuse)から守るべきであり、これには、オプトイン・アウトの機会を提供するといった新たな原則やベストプラクティスを基礎とする手段、そして十分な情報が提供された上での公の対話(informed public discourse)を奨励するといった手段がある。

勧告1B: 

国連も関与した形での幅広いマルチステークホルダーの連携が、SDGsの達成に関連する分野において、プライバシーを尊重する形で、デジタル公共財(digital public goods)、人材、そしてデータ・セットの共有のためのプラットフォームを構築するよう勧告する。

勧告1C: 

民間企業、市民社会、国家政府、そして多国間の銀行や国連に対し、女性や伝統的に周辺化されてきた人々(traditioanlly marginalised groups)のための完全なデジタル包摂と平等を支援するような特定の政策を立案するよう求める。世界銀行や国連といった国際機関は、女性や周辺化された人々がデジタル包摂と平等にあたって直面している障壁に関する研究を強化し行動を促進すべきである。

勧告1D:

デジタル包摂性に関する一通りの測定基準について早期に合意し、その基準にに基づいて世界各国で測定し、国連、国際通貨基金(IMF)、世界銀行、その他の多国間開発銀行、経済協力開発機構(OECD)等の機関の年次報告書において、性別毎のデータで詳しく説明すべきである。

 

人的・制度的能力の育成(Human and Institutional Capacity)

勧告2: 

政府、市民社会や民間セクターがデジタル分野の課題を理解し、デジタル技術の社会経済的影響に関する協力を前進させられるような能力を育成できるデジタルヘルプデスク(digital help desks)を地域およびグローバルレベルで設置することを勧告する。

 

人権と人間の主体性の擁護(Human Rights and Human Agency)

勧告3A:

デジタル世界にも人権概念が完全に適用されることを踏まえ、既存の国際人権に関する合意や基準がいかにして新たなデジタル技術に適用されるのかに関する機関レベルの検討(agencies-wide review)を開始するよう、国連事務総長に強く求める。この点、デジタル時代における既存の人権条約等が、プロアクティブで透明性のあるプロセスにおいていかに適用されるのかに関し、市民社会、政府、民間セクター、そして一般市民が意見を述べられるようにすべきである。

勧告3B:

児童を含む個々人の人権や安全性に対する脅威が増大している状況を踏まえ、ソーシャルメディア企業に対し、既存の、または潜在的な人権違反に関する懸念を完全に理解し対応するよう、世界中の政府、国内外の市民団体、人権専門家と連携するよう求める。

勧告3C:

自律インテリジェントシステム(autonomous intelligent systems)は、それらの決定が説明されうるような形で、また、人間がそれらの使用に対して責任を負うことができるような形で設計されるべきである。監査と認証スキームは、人工知能(AI)のシステムが、マルチステークホルダーおよびマルチラテラルなアプローチを用いて定められるべき工学的かつ倫理的基準に準拠しているように監督すべきである。生死の決定は、機械に委ねられるべきではない。異なる社会環境における自律インテリジェントシステム(autonomous intelligent systems)の透明性やノンバイアスのような、上記基準や原則のデザイン・適用を熟慮するための、さまざまな関係者間の強化されたデジタル協力を求める。

 

デジタルの信頼性、安全性、安定性の促進(Trust, Security and Stability)

勧告4:

共通のビジョンを形成し、デジタル安定性を確保するものを特定し、技術の責任ある利用に係る規範の実施を解明・強化し、そして行動のための優先事項を提案する「デジタル信頼性と安全性に関するグローバル・コミットメント(Global Commitment on Digital Trust and Security)」を策定するよう勧告する。

 

世界的なデジタル協力の育成(Global Digital Cooperation)

勧告5A:

緊急を要する事項として、国連事務総長は、出発点として第4章で議論されている選択肢とともに、グローバルなデジタル協力のための新たなメカニズムを構築するための活発でオープンなコンサルテーションプロセスを進めるよう勧告する。より良いグローバルなデジタル協力のアーキテクチャーを構築するための共通の価値観、原則、理解、および目的を定めるべく、国連の75週年である2020年を「デジタル協力のためのグローバルコミットメント(Global Commitment for Digital Cooperation)」とし、当面の目標とすることを提案する。このプロセスの一部として、国連事務総長は技術使節(Technology Envoy)を任命することができると理解する。

勧告5B:

順応性があり、活発かつ包摂的で、目まぐるしく変化するデジタル時代の目的にかなう協力と規制のためのマルチステークホルダー「システム」アプローチを支持する。

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HLPDC報告書の注目すべき点

以上のように、HLPDC報告書の中には多岐にわたる勧告が含まれているわけですが、メルカリとしては、特に2点について注目しています。1つは包摂的なデジタル経済の構築、もう1つはグローバルなデジタル協力のためのメカニズムです。

 

(1)包摂的なデジタル経済の構築

この項目では、金融の包摂性として、モバイル決済、デジタル認証、電子商取引等について詳述されています。モバイル決済については、銀行口座を保有しない・できない人にアウトリーチできることや、信頼できる保証人がいない人に対しても位置情報や取引履歴等をベースに貸金を行うビジネスモデルもありうるといったことが書かれています。デジタル認証については、現在も多くの人が公的な認証方法を有していない実情を踏まえ、これが包摂的なデジタル経済の発展に資する一方、社会的排除やプライバシーといった新たなリスクや課題があるとしています。電子商取引については、とりわけ中小企業(SMEs)の経済参加に資すると書かれています。

これらに加え、地域的・国際的な経済政策協力の項目では、税制、貿易、消費者保護、競争の4分野が、とりわけデジタル時代において考え方を改めなければならない分野であるとし、データ流通と保護の問題やデジタル課税の問題にも触れながら述べられています。

 

(2)グローバルなデジタル協力のためのメカニズム

とりわけ世界各国のインターネットガバナンス関係者が注目していたのがこの項目です。HLPDC報告書では、現在のデジタル協力における6つの主要なギャップについて言及しつつ、以下のような3つの新たなモデルを提示しています。

①インターネットガバナンスフォーラム・プラス(Internet Governance Forum Plus: IGF
 Plus)

②分散された共同ガバナンス・アーキテクチャー(Distributed Co-Governance Architecture:
 COGOV)

③デジタルコモンズ・アーキテクチャー(Digital Commons Architecture)

メルカリはこれまでIGFに継続的かつ積極的に参画してきていますが、仮に将来、①IGF Plusが採用されるに至った場合、諮問グループ(Advisory Group)、協力アクセレレーター(Cooperation Accelerator)、政策インキュベーター(Policy Incubator)、そしてオブザバトリー(Observatory)やヘルプデスク(Help Desk)といったそれぞれがどのように有機的につながって効果的に機能するのか、IGF Plusの場合は国連事務総長室直下となることも踏まえ、高い関心を有しています。

筆者が委員を務めるIGFのマルチステークホルダー諮問グループ(MAG)内での議論では、このHLPDC報告書についてIGFの場でオープンコンサルテーションを行う提案があり、世界各国のインターネットガバナンス関係者からどのような意見が提出されるのかも関心を持っているところです。

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むすびにかえて

HLPDC報告書は、António Guterres国連事務総長に提出されましたが、今後どのように進められるかはまだ明らかになっていません。報告書の具体的な実施までは、おそらくまだ時間がかかるのではないかと見ています。

HLPDCについては、設立当初、その人選や取り進め方の透明性につき疑義が示されていましたが、HLPDCの委員全員がこれまでIGFを含むインターネットガバナンスの議論に深く携わってきた人ばかりではありません。既存のインターネットガバナンスに関するコミュニティの関係者、そして既存のコミュニティ自体にとっては、新たな人々の意見が交わることにより、HLPDC報告書を踏まえた今後のインターネットガバナンスの適切な方向性が見えてくるのではないかと思っています。

インターネットガバナンスは転換期または移行期にあると見ており、これをチャンスと捉えて積極的に活動するか、または無関心を貫くかは個々の企業や個人次第です。しかしいずれにせよ、世界が非常に速いスピードでデジタル分野のポリシーやルールメイキングを行っていることは事実であり、既存の考え方や型にはまった考え方を捨て、「日本にいる自社・自分」ではなく「世界にいる自社・自分」と考えて、柔軟にフォローをしていかない限り取り残されていくことになるでしょう。メルカリも、そして筆者も、こうした危機感を持って日々活動を続けていきます。

小林 茉莉子・望月 健太)