「Data Free Flow with Trust」の意味を考える

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© World Economic Forum / Manuel Lopez

 

「Data Free Flow with Trustのための体制を作り上げるべき」

これは、今年1月に開催された世界経済フォーラム年次総会(以下、ダボス会議)に5年ぶりに出席した安倍晋三首相が提唱したものです。2019年は日本がGroup of 20 (G20)の議長国を務めること、そして6月に大阪でG20首脳会議(サミット)を開催することに触れ、安倍首相は、今年のG20サミットを、世界的なデータ・ガバナンスが始まった機会として、長く記憶される場にしたいと発言しました。

日本政府はこれまで、「情報の自由な流通(Free Flow of Information)」を標榜し、米欧と協調してさまざまな国際会議の場で主張してきました。実際、2016年に日本がGroup of 7(G7)の議長国を務めた際、G7伊勢志摩サミットの首脳宣言にその文言を盛り込みました。

また、2017年には、イタリアがG7議長国を、ドイツがG20議長国を務めましたが、前者との関係では「イノベーション、技能及び労働に関するG7人間中心の行動計画」に、後者との関係ではG20デジタル大臣宣言の中に「情報の自由な流通」という文言が盛り込まれました。

さらに、2018年には、カナダがG7議長国を、アルゼンチンがG20議長国を務めましたが、前者との関係では「AIの未来のためのシャルルボワ・共通ビジョン」に、後者との関係ではG20ブエノスアイレスサミットの首脳宣言の中に、「情報の自由な流通」という文言が盛り込まれました。

この他、アジア太平洋地域に目を向けてみると、2018年のパプアニューギニアAPEC首脳会議の議長声明の中にも、「情報の自由な流通」という文言が盛り込まれています。

 

「with Trust」とは何か

このように、日本政府は、これまで一貫してG7諸国とも協調しながら「情報の自由な流通」を標榜してきた訳ですが、今年1月のダボス会議で安倍首相が提唱したものは、それとは若干の違いがあります。つまり、「with Trust」が追加されているのです。これは何を意味するのでしょうか。

この答えについても、今年1月のダボス会議における安倍首相の演説の中にあります。

「一方では、われわれ自身の個人的データですとか、知的財産を体現したり国家安全保障上の機密を含んでいたりするデータですとかは、慎重な保護のもとに置かれるべきです。しかしその一方で、医療や産業、交通やその他最も有益な非個人的で匿名のデータは、自由に行き来させ、国境をまたげるように、繰り返しましょう、国境など意識しないように、させなくてはなりません。」

これを見ると、日本政府は、これまでの立場に一定の修正を行ったとみることもできそうです。すなわち、「情報の自由な流通」一辺倒ではいけない、国家として守らなければならない情報については守っていくべきであると、それを「信頼」を意味する「Trust」というワードで表現したのかもしれません。このような立場の変化は、米国や中国発の巨大なIT企業がグローバルにその活動を広げ、またEUやアジア各国でデータを巡るルールメイキングの動きが激しさを増す国際環境において、自然なことともいえます。

 

「Trust」の先にあるもの

この「信頼」を意味する言葉は、インターネット関連政策を議論するさまざまな国際会議において、現在一種のバズワードとなっていることは事実です。一例を挙げれば、昨年2018年にフランス・パリの国連教育科学文化機関(UNESCO)で開催されたインターネットガバナンスフォーラム(IGF)(筆者も参加。その様子はこちらの記事をお読みください)においても、その全体的なテーマは「The Internet of Trust」でした。

グローバルでオープンな自律・分散・協調の相互接続ネットワークであるインターネットの上では、日々大量のデジタル・データが生まれ、ものすごいスピードで国境を超えて行き来しています。それによって国や社会、組織や人々の活動や生活がますます豊かに、そして多様化しています。その一方で、違法有害情報の拡散やサイバー攻撃による情報漏えい等、情報の自由な流通の負の側面が各国で続出していることも事実です。その意味で、情報の自由な流通を維持しつつも、サイバー空間の信頼を醸成・確保することが必要である、それ故に、国家にとって守るべき情報は守るとする主張はある意味で理にかなっている面があります。

他方で、注意しなければならないのは、この「Trust」という言葉は、多義的な言葉でもあり、それぞれの国の政治・外交的な文脈に応じて、いかようにも使われうるということです。世界の国々の中には、現行の政治体制の維持を目的として、国民のインターネット上の言論・表現活動を制約する動きを正当化するために、「Trust」という言葉を利用する国が出てくる可能性も否定できません。

また、今回のダボス会議における安倍首相のスピーチでは、慎重な保護の下に置かれるべき情報の例として、個人データ、知的財産データ、安全保障データが挙げられていました。もっとも、データの種類はコンテクストによって相対的に決まるものでもあり、どこまでのデータを守り、どこまでのデータの自由流通を許容するのか、今後慎重に検討していく必要があるでしょう。そしてその際、世界貿易機関(WTO)協定や環太平洋経済連携協定(TPP)等、既に日本が参加している国際通商ルールのような、国際約束との整合性も確保していく必要があります。さらには、現在交渉中のWTO電子商取引ルールや東アジア地域包括的経済連携(RCEP)といったものとの整合性も踏まえていく必要があるでしょう

こうした「Trust」の内容を確定していく作業は、非常に多岐にわたる考慮が必要となるため、官民問わず多様な関係者、すなわちマルチステークホルダーの参加が必要不可欠です。また、これまで欧米の政策から多くを学んできた日本にとって、米国・欧州各国の国内世論の分極化、中国等の新興国の台頭等の新たな情勢を踏まえ、諸外国のルールを鵜呑みにせず、「日本ならでは」のルールを考えることは、日本政府のみならず、日本の全てのステークホルダーにとって、非常に大きな挑戦だといえます。

メルカリは、そうした議論に積極的に参画し、欧米のルールやポリシーメイキングを参考にしつつも、それにとらわれない、日本の国益にとって最も適切かつ合理的な「Trust」の確立に、国内のあらゆるステークホルダーと協力しながら寄与していきたいと考えています。

※3月14日から15日にかけて開催された、G20の経済界トップによる会議「B20東京サミット」は、共同宣言をとりまとめましたが、その中で、次世代データ・ガバナンス枠組みの構築において優先すべき事項の一つとして、以下のように述べています:


「リスクに基づくセキュリティとプライバシー保護の基準について、法域を越えた国際的な相互運用性を推進することによって、各国のプライバシーやデータ保護、知的財産権に関する法的枠組みを尊重しつつ、国境を越えたデータ、情報、アイデア、知識の自由な流通を確保」

(望月 健太)

 

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