IAPP(International Association of Privacy Professional)が2024年6月にベルギー・ブリュッセルで行ったカンファレンス「IAPP AI Governance Global 2024」に政策企画チームから松橋 智美が参加しました。
IAPPとしてはAIガバナンスをメインテーマにした2回目のカンファレンスであり、EUでは2024年5月21日に包括的なAIの規制法である「EU AI規制法」が成立した直後でもあったため、EU AI規制法にどのように対応すべきかという議論が中心となりました。
今回は「IAPP AI Governance Global 2024」にて議論されたものの概要、カンファレンスの様子、合わせて直近の日本におけるAI規制に関する動向についてご紹介いたします。
メルカリの「人」を伝える「メルカン」では、今回の筆者、松橋のAIガバナンスのあり方に関する対談も掲載されています。
併せてご覧ください。
「IAPP AI Governance Global 2024」で議論されたものの概要
「IAPP AI Governance Global」は、AIガバナンスの課題、ソリューション、新たなトレンド、ベストプラクティス、今後の法制度等についての理解を深め、AIガバナンスの専門家のネットワークを構築することができるカンファレンスです。
多数のトークセッションとネットワーキングが行われるカンファレンスと、AIガバナンスプロフェッショナルというIAPP組織資格のトレーニングに分けて開催されます。
今回はカンファレンス部分のみ参加しました。
・オープニングキーノート
①スピーカー:Shannon Vallor(シャノン・ヴォラー)
エディンバラ大学エディンバラ・フューチャーズ研究所 教授
Baillie Gifford Professor in the Ethics of Data and Artificial Intelligence,
Edinburgh Futures Institute, The University of Edinburgh
最初のオープニングキーノートには、エディンバラ大学エディンバラ・フューチャーズ研究所(EFI)にてデータとAI倫理を専攻されているShannon Vallor教授が講演しました。
教授のAI倫理に関する10年以上の研究と専門知識をもとに、AI至上主義という支配的な物語に異を唱え、人間の主体性と可能性を改めて考えるというテーマのもと、画像生成AIによるジェンダーバイアスの存在等の事例を説明し、AIは過去の世界の歪みを反映するものであり、AIというテクノロジーは言わば人間を写す鏡であるということを著書「The AI Mirror: How to Reclaim Our Humanity in an Age of Machine Thinking」とともに話されました。AIのリスクを認識しAI至上主義に陥らず、あくまでAIは人間が操作するツールであり、盲信せず他の道具と同じように扱うべきであると締めくくられました。
②スピーカー:Brad Smith(ブラッド・スミス)
マイクロソフト社 副会長兼社長
Microsoft’s vice chair and president
2つ目のオープニングキーノートでは、ブラッド・スミス・マイクロソフト社副会長兼社長が、「技術と社会の交差点における重要問題」について講演しました。特に、生成AIに焦点を当て、これを「汎用技術」として過去の活版印刷や電気の発明との比較を行いました。汎用技術は他の発明とイノベーションを生み出し社会を変える一方で、電気へのアクセス可否が南北問題を引き起こしたように、AIも同様の課題を伴う可能性があると指摘しました。そのためマイクロソフト社は、AIアクセス原則を策定し、法の支配やAIガバナンスが重要であると論じました。
・EU AI Act Comprehensive
EUのAI規制法についての概要や現時点でどのような点に留意すればよいか、なるべくかみ砕いた表現でわかりやすく、包括的に学べる6つのセッションが開催されました。
EU AI Act Comprehensive一覧
セッション名 |
概要 |
資料 |
1: Context and Key Concepts |
EU AI規制法の基本事項と主要概念の概要説明。法律が作成された背景、その構造と統治の理念、他のデジタルガバナンスとの連携、実施のタイムライン等の説明。 |
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2: Understanding Risk |
AI規制法において定義された4種類のリスクと、リスクカテゴリにAIシステムがどのように適合するかの判断方法、汎用目的のAIに対する追加の考慮事項等の説明。 |
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3: The Governance Program |
リスクカテゴリごとの主要な実施要件を考慮し、標準、適合性評価スキーム、およびその他のガバナンスツールの適用など、法の下でAIガバナンスプログラムが伴う事項の説明。 |
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4: Standards and Conformity Assessment Schemes |
技術文書要件、評価およびテスト技術、ならびにライフサイクルモニタリングに必要なガバナンスの概要事項の説明。 |
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5: AI Assurance |
標準、適合性評価スキーム、第三者監査に関する法的な要件等の説明。 |
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6: Enforcement and Fines |
新たに設置された各監督当局の役割と責任、罰則、罰則が発動される時期と方法の説明。 |
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これらのセッションを受講し、現時点で決まっているAI規制法の概要を掴むことができましたが、今後は様々なガイドラインにて詳細が規定されることが予想されるため、引き続き議論を注視する必要があります。
・クロージングセッション
スピーカー:Matt Brittin(マット・ブリティン)
グーグル社 欧州・中東・アフリカ地域 経営責任者
Google President, EMEA
クロージングキーノートにはグーグル社 欧州・中東・アフリカ地域 経営責任者のマット・ブリティン氏が、AIガバナンスについて、テクノロジーを善のために活用し、人々、コミュニティ、企業、国々がイノベーションを最大限に活用できるように支援するというグーグル社の機会と責任の観点から講演をしました。AIの最大のリスクはAIを使う機会を逃すリスクであり、インターネットの発展とAIの可能性を重ね、AIの活用によってEUにもたらされる巨大な利益とリスク低減には、ステークホルダーとの対話と協力が重要であると話されました。
・APEC's Generative AI Landscape: A Tapestry of Adoption and Regulatory Quandaries
スピーカー:
・片山建(カタヤマ・ケン)
トヨタ自動車/デジタルモビリティ政策チームゼネラルマネージャー
・Angela Zhang(アンジェラ・チャン)
香港大学法学准教授、フィリップ・KH・ウォン中国法センター所長
・Yan Luo(ヤン・ルオ)
コビントン・アンド・バーリング法律事務所 パートナー弁護士
・Tjade Stroband(ジェイダー・ストロバンド)
マイクロソフト社 AI・偽情報ポリシー、EU政府渉外業務ディレクター
このセッションでは、EUのAI規制法に注目が集まる中、多様な法的枠組みと技術環境、政治体制を持つアジア太平洋諸国(APEC)が生成AIに対してどのような対応をしているのか、主に日本と中国の制度について中心に議論が展開されました。EUとは異なる環境の中で、日本がどのような役割を果たしていくべきかという視点を考える契機となるセッションでした。
「IAPP AI Governance Global 2024」に参加した所感
EUのAI規制法が成立したすぐ後の開催でもあったため、当該法への関心はたいへん高く、GDPRが発行された時のように世界に大きな影響を及ぼすBrussels効果2.0になりうると感じました。今後も同法についてガイドラインが多数策定される可能性があるため、引き続き動向を注視していきたいと思います。
また、当カンファレンスに参加した日本企業が少なかったため、今後も国際的なカンファレンスに積極的に参加し、ネットワーキング構築や日本企業のビジビリティ向上に寄与していきたいと思います。
日本におけるAI規制制度の検討動向
日本においても、EUのAI規制法や各国でのAI規制検討議論を受けて、内閣府のAI戦略会議のもとAIの法制度のあり方を検討する「AI制度研究会」が設置され、8月2日に初会合が開催されました。今後は様々な有識者・専門家が日本において適切なAIの法制度のあり方を議論し、今秋に中間とりまとめが示される予定です。
出典:内閣府 AI制度研究会(第1回)「AI政策の現状と制度課題について」
AIの安全性に関する在日国際機関の動向
AIの法制度検討に先駆けて、世界でのAIの安全性に関する議論が進み、英・米に続いて、2024年2月に「AIセーフティ・インスティテュート(AISI)」が設置されました。
また、9月18日には「AIセーフティに関する評価観点ガイド」が公開され、AIの安全性について評価する際の具体的な観点がガイドライン形式で示されました。
出典:内閣府 AI制度研究会(第1回)「AI政策の現状と制度課題について」
また、2024年7月には「GPAI専門家支援センター」が、G7が主導するマルチステークホルダーによる国際連携組織「AIに関するグローバル・パートナーシップ(GPAI)」の枠組みの下、パリとモントリオールに続くアジア初の拠点として国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)に設置されました。今後は、生成AIの安全性について偽・誤情報対策を含めた研究支援が行われる予定です。
出典:内閣府 AI制度研究会(第1回)「AI政策の現状と制度課題について」
引き続き国際的な規制動向および日本国内の規制動向、AIの安全性確保に関する各種の施策を注視し、「責任のあるAI」活用を推進していきたいと思います。
(松橋 智美)