話題の新刊『ルールメイキングの戦略と実務』の著者たちにインタビュー。ルールメイキングの未来とは

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今回は、2021年3月に、『ルールメイキングの戦略と実務』(商事法務)を出版した法律事務所ZeLo・外国法共同事業の官澤康平 弁護士、南知果 弁護士、松田大輝 弁護士に、インタビューを行いました。(インタビューは3/8に実施)


メルカリ・高橋(以下、高橋)> 今日はありがとうございます。今回、『ルールメイキングの戦略と実務』という本を出版されたわけですが、なぜこのようなルールメイキングに関する本を出そうと思ったのでしょうか?

 

南知果 弁護士(以下、南)> ZeLoは、2017年3月に創立してから現在に至るまで様々なスタートアップの顧問を務め、リーガル面で支援してきました。新しいビジネスにチャレンジしようとするクライアントが、既存のルールの壁にぶち当たることがよくあり、適法な形でビジネスを伸ばしていくためにビジネスモデルの構築をサポートしています。どうしても壁を乗り越えられないときは、逆にルールの側を変えていくことはできないだろうかと、クライアントと様々なディスカッションをしてきました。

その中で、もっとルールメイキングという発想が広がり、この領域のプロフェッショナルが増えていくといいなと思ったんです。まずは私たちがクライアントと接して得た知識や経験を皆さんにシェアしようと『ルールメイキングの戦略と実務』を書きました。

 

高橋> 皆さんそれぞれ、どんなきっかけでルールメイキングに関心を持たれたのでしょうか?

 

> 私はメルカリでパブリックアフェアーズに関わった経験が大きかったです。2018年にメルカリがメルペイという子会社を作り、新しいFinTechサービスをローンチするというタイミングで、政策企画の仕事をお手伝いしていました。

 

松田大輝 弁護士(以下、松田)> 私は、もともと行政などルールを作っていくという方面に関心がありました。ルール形成のあり方について考える中で、民間企業の側から関わっていく重要性を認識したことが弁護士になったきっかけでした。まさに『ルールメイキングの戦略と実務』で書いたようなことに弁護士の可能性を感じたからこそ弁護士になったともいえます。


官澤康平 弁護士(以下、官澤)> 弁護士として経験を積むうちに、事業の根幹に関わる論点で、リサーチをしても明確な解釈が存在せず、ビジネスを進められなくなるケースが無数にあることを知りました。ルールメイキングをすることで、考え方が定まっていない論点に対して、解釈を明確にしてビジネスを動かせる可能性があると分かり、積極的に取り組みたいと思うようになりました。クライアントと一緒にルールメイキングの方法を考えるのは、伴走しながら仕事をしているイメージが感じられて、やりがいに繋がっています。

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高橋> 最近、弁護士と話をしていても、パブリックアフェアーズやルールメイキングに関心を持っている弁護士が増えてきたという印象があります。逆に大手事務所などではあまりなくて、弁護士事務所で積極的にルールメイキングに踏み込んでいるというと、ZeLoぐらいしか知らない状況なのですが、どこがそのトレンドを作っているんですかね?

 

官澤> 「ルールメイキング」という言葉自体が使われ始めたのは最近で、水野祐弁護士(『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』著者)や斎藤貴弘弁護士(『ルールメイキング−ナイトタイムエコノミーで実践した社会を変える方−』著者)が有名ですが、業務内容自体は昔から弁護士が関与してきた分野だと思います。

ここ数年で、グレーゾーン解消制度や規制のサンドボックス制度など、弁護士がルールメイキングの領域で力を発揮できる制度が整備されてきました。ルールメイキングでは、法律の構造を理解しその趣旨を突き詰めて考えることに加えて、利害関係者の存在やどういう背景で法律ができてきたのかにも目配せをする必要があり、弁護士になるまでに学んだ考え方をフル活用できるので面白さを感じる弁護士が増えている印象もあります。

 

> 最近は、新たなビジネスでDXを進めて、社会に影響を与える企業が増えています。例えば、ブロックチェーン上の暗号資産が出てきて、初めはとくにルールはなかったものが、「やっぱり金融法制の中できちんと位置づけないといけないよね」ということで法律ができた事例があります。新しいビジネスが世の中に広がるスピードに合わせて、法律のプロフェッショナルとしてサポートできるように、進化していかなければならないと思っています。

 

高橋> そんなタイミングで今回出版されたこの本の中身についてもご紹介いただけますか?

 

松田> 一番の特徴は、法律論に拘泥せず、可能な限りビジネスの視点をいれてルールメイキングの考え方を解説しているという点です。とくに序章から第一章までは、ビジネスにおける経営者の視点や、法務パーソンやインハウスの弁護士の視点に立ちつつ、事業戦略や新規事業の立案の過程で、実際にどういうところに着眼点があるのかを紐解いています。

ベーシックな一冊にしたいという思いがありましたので、第二章から第三章では、法令の体系や制定過程、ステークホルダーの分析、グレーゾーン解消制度等の紹介など、基本的な部分から解説しています。

また、第四章では、著名な実例を多く取り上げて、実際にどういう部分で法改正や法解釈の明確化が行われていったかということを公表資料に則して時系列で追っています。法律体系、利害関係者、ルールメイキングに関する制度についての具体的なイメージを持っていただきやすいのではないかと思います。続く第五章では、様々な面でまだ課題の多い裁判を通じたルールメイキングに言及しています。

第六章や終章は、発展的な内容として事実ベースの解説にとどまらずに、ZeLoとしての提言・試論も書かせていただいています。個々の企業の視点のみならず公共政策的観点も踏まえて、ソフトローを含む法形成のあり方や企業の役割・責任について考える内容となっています。

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> とくに読んでもらいたいのは、終章の「ルールメイキングの未来」です。ルールって、そもそも社会のみんなで作り上げていくものだと思うんです。ルールの形成過程をブラックボックスにせず、もっとオープンにアクセスしやすくして、より多くの人の課題や問題意識をもっと反映できるような、ガバナンスイノベーションが進むといいですよね。

 

高橋> そこの問題意識は私も近く、メルカリに入った理由の一つがそこだったりします。

私は、「第3のルールメイキング」と言ったりしているのですが、国会議員や官僚にルールメイキングを任せておくのではなく、もっと民間の人もルールメイキングに関わった方が良いと思っています。

メルカリに入る前に、国家戦略特区などを考えたシンクタンクにいたのですが、シンクタンクなどで成長戦略に携わったり、選挙公約に名目成長率が3%や4%と明記されても、実際の成長につながらないことがよくあります。

産業転換などもそうですが、そうした成長戦略を考えていこうと思うと、民間側の当事者を巻き込みながら政策を作っていく必要性があると思っており、もう官僚やシンクタンクの人たちだけで政策作っていく時代は終わってきているのではないかと思い、メルカリに入りました。そういった問題意識に重なる思いを弁護士の皆さんが持ってくれているということに、心強さを感じました。

逆に皆さんのような方々が関わることで、一つの企業が関わるということ以上に、プラットフォームを作っていくことにもなるので、『ルールメイキングの戦略と実務』を出してくれたことで、ものすごく可能性が広がったのではないかと思います。

他に読んでもらいたい部分はありますか。

 

官澤> 第五章の「裁判を通じたルールメイキング」はもっと内容を充実させたいと考えている箇所であり、様々な意見を聞いて、今後さらに議論を深めていきたいですね。

裁判によって依頼者が望む判決を獲得することは法律家にとっての醍醐味であると同時に、裁判所に解釈を明確にしてもらうことでルールメイキングが進める手段になり得ると考えられます。しかし、訴訟が選択されるのは他に選択肢がない究極的な状況であることが多く、結論まで年単位でかかるため、現状は実効的な手段ではないと感じています。裁判の迅速化は以前から唱えられていますが、ルールメイキングの観点からも今後の制度の在り方には注目しています。

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高橋> ベンチャー企業のルールメイキングの支援をしていて、最近こういう風に変わってきたな、良くなったなと感じる部分と、ここはまだまだだなという課題を教えてもらえますか?

 

松田> ZeLoに相談に来ていただく段階から、「ルールを変えられないか?」という発想を持っている方も多く、ルールメイキングへの関心は、すごく高まっているなと感じてます。グレーゾーン解消制度も知名度が上がってきていますし、さまざまなルールの改正動向が報道される機会が多くなっていることも要因の一つかもしれません。また、スタートアップ企業の中でも「とりあえず刺されるリスクがないからやってしまおう」というよりは、「きちんと詰めるところはつめていこう」という発想の方が増えています。

一方で、課題としては、ルールメイキングによって何をどれくらいできるのか、どの程度の時間や労力がかかるのかが不透明なことも多いため、企業側の期待だけが高まっている部分がどうしてもあります。そこの期待値コントロールというか、ルールメイキングにどれくらいのハードルがあるかも認識していただいたうえで事業戦略を立てていく必要があり、クライアントとは「そこを考えるところをまずやりましょう」という話になることが多いです。

 

高橋> パブリックアフェアーズやルールメイキングは、実現に期間がかかりますが、一方でこうしたことに関心がある方々は、ルールが変えられると思っていると思うので、期待値が物凄く高かったりしますが、弁護士事務所でルールメイキングの仕事を受ける時って、どういう形で受けて、短期的な成果というか、お客さまに納得してもらいながら仕事をしていくのに工夫されることがあったりするんでしょうか。

法律事務所がルールメイキング分野に乗り込んでいくメリットや強みも合わせて教えてもらえますか?

 

松田> ZeLoでは、まだどういう事業をやっていくかというところが固まっていない段階で、「こういった事業を新しくやりたいんだけど法的にどうか、法律を変えてなんとかやっていけないか」などのご相談をいただくことが多いです。そのため、ルールを変えないでできるビジネスモデルも提案することができ、法令を分析した上で、フェーズに合わせて、「最終的にはここまでルールを変えてできたらいいが、それまではこのような法的整理やビジネスモデルでやりましょう」などの形で、時間軸もいれて戦略的提案をしていくことになります。現行法の深い分析に基づくアドバイスもできるのが法律事務所の強みだと思います。

 

> やはり法律の解釈に対して、リーガルマインドを持っているというのは、法律事務所の大きな強みですね。ルールを変えたい、調整したいというときは、どういった保護法益を守っているのか、どういった経緯でそのルールができているのかなどの背景事情も理解したうえで、規制官庁などと話し、信頼関係を作ることが重要です。そのためには建設的な議論を行うことが大切だと感じており、そこは弁護士が法律のプロフェッショナルとして価値を発揮しやすい部分だと思っています。

 

高橋> 外から弁護士と接している立場からすると、少なくとも一昔前の弁護士というのは、法律自体を変えるというよりは、どう法解釈をしていくかというところに意識があったように思うのですが、皆さんがルールメイキングであったり、ルールを変えるところから関わった方がいいのではと思われたきっかけがあったのでしょうか、それとも時代背景や世代による違いなどがあったりするのでしょうか?

 

官澤> スタートアップのクライアントが新しい技術や発想でビジネスをやろうとする現場に立ち会うと、どうしても既存の法律の解釈だけだと絶対にできない場面が多く、「法律を作った当時、こんなケースは考えていなかっただろうな」という問題が起こってきます。ZeLoの場合、解釈で無理やり押し切るというよりは、当局に一緒に考えてもらった方が良いのではないかというスタンスで、一緒にルールを作っていくという流れになっていくことが多いですね。

 

> ルールメイキングは、総合格闘技みたいなところがあると思っています。法律の解釈はもちろん、誰とどういうリレーションを築き、どういう切り口で話をすると耳を傾けてもらえるかなど、総合的なスキルが必要になります。法律の解釈だけではなく、例えば、業界団体の事務局として、色んな方々の声を集約して届ける翻訳機能のようなスキルなども必要になってきているように感じます。

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高橋> 今回のルールメイキングの話もそうですが、経営者の皆さんもルールメイキングの意識を持ってもらいたい、ルールメイキングの意識を持った弁護士が増えた方がいいということだけでなく、外部の弁護士の関わり方も契約方法は同じであったとしても、より企業に入り込んでやっていくような印象を持って『ルールメイキングの戦略と実務』を読ませてもらいました。皆さんが、そういったところで実体験として感じているところはありますか?

 

> 当事者意識を持って仕事をすることがすべてな気がしています。色んな企業の方々と一緒に働いていると、当事者意識を持って仕事をしている方が圧倒的にパフォーマンスを出していると感じます。弁護士も外部カウンセルかインハウスかはあまり関係なく、自分のやっている案件や仕事に対して、どこまで当事者意識を持てるかが、ルールや社会を変えていく結果を出せるかの大事なポイントではないでしょうか。

 

高橋> 最後に、今後このルールメイキングの未来について一言ください。

 

官澤> ルールメイキングという分野はまだ体系的に整理されておらず、議論の試金石となるような本が必要であると感じていました。今回の『ルールメイキングの戦略と実務』が完璧なものだとは我々も思っていません。こういう考え方もあるんだと知ってもらい、弁護士やルールメイキングに関わる方々から様々な意見をいただきながら、ルールメイキングという分野を発展させていきたいと思います。

 

> ZeLoのパブリックアフェアーズ部門は、もっとメンバーを増やしてスキルアップしていきたいです。そして、社会課題を解決したい、よりよい社会を創りたいという想いを持った人たちが集まり、スタートアップ業界と一緒に政策を共創するプラットフォームになっていけるとすごく良いなと思っています。

 

高橋> 今日お話を聞いていて思ったのが、ルールメイキングのルール自体をルールメイキングするみたいなことをやると面白いかなと思いました。

例えば先程紹介したような国家戦略特区だったり、グレーゾーン改革、サンドボックス、古くは構造改革特区など色々ありますが、こうした仕組みの次の矢をどうするかや、ルールメイキングのプラットフォームをどう作るかなど、そういう特区的なルールメイキングの仕組みを作る必要性も感じました。

エリアに限らず、業界なのか、やり方は色々あると思いますが、そうした「ルールメイキン

グのルールメイキング」みたいなものの必要性も感じます。

その部分は、自分で事業を持っている事業会社のパブリックアフェアーズのチームよりも、ZeLoのような直接事業会社ではないプレイヤーが、パブリックアフェアーズに乗り込んでいくことの可能性なのかなと思いながら話を聞かせてもらいました。

期待しています。

今日は、ありがとうございました。

 

(高橋 亮平)

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官澤 康平(Kohei Kanzawa)

法律事務所ZeLo・外国法共同事業、弁護士(第一東京弁護士会所属)。2011年東京大学法学部卒業、2013年東京大学法科大学院修了。2014年長島・大野・常松法律事務所入所。2019年8月法律事務所ZeLoに参画。弁護士としての主な取扱分野は、M&A、ジェネラル・コーポレート、訴訟・紛争、危機管理・コンプライアンス、ルールメイキング/パブリックアフェアーズなど。

 

南 知果 (Chika Minami)

法律事務所ZeLo・外国法共同事業、弁護士(第二東京弁護士会所属)。2012年京都大学法学部卒業、2014年京都大学法科大学院修了。2016年西村あさひ法律事務所入所。2018年4月法律事務所ZeLoに参画。スタートアップ支援、パブリックアフェアーズ、FinTechを中心に幅広く業務を行う。OLTA株式会社 社外監査役。一般社団法人Public Meets Innovation 理事。消費者庁「消費者のデジタル化への対応に関する検討会AIワーキンググループ」委員(2020年)。

 

松田 大輝(Daiki matsuda)

法律事務所ZeLo・外国法共同事業、弁護士(第二東京弁護士会所属)。2018年東京大学法学部卒業、2020年1月法律事務所ZeLoに参画。弁護士としての主な取扱分野は、スタートアップ支援、ルールメイキング/パブリックアフェアーズ、規制対応、ジェネラル・コーポレートなど。

 

インタビュアー

高橋 亮平(Ryohey Takahashi)

メルカリ会長室政策企画参事 兼 merpoli編集長。1976年生まれ。元 中央大学特任准教授。一般社団法人生徒会活動支援協会理事長、国立大学法人滋賀大学講師。松戸市部長職、千葉市アドバイザー、東京財団研究員、政策工房客員研究員、明治大学客員研究員、市川市議、全国若手市議会議員の会会長等を経て2018年6月より現職。AERA「日本を立て直す100人」に選出。著書に「世代間格差ってなんだ」(PHP新書)、「20歳からの社会科」(日経プレミア新書)、「18歳が政治を変える!」(現代人文社)ほか。2018年にメルカリに加わり現職。