新しい「価格」の教科書の著者の松村大貴さんに、新しい価格の仕組みや戦略の可能性について聞いてみた(前編)

ハルモニア株式会社 CEOの松村大貴さんが2021年12月に出版された「新しい「価格」の教科書」(ダイアモンド社)の中で、メルカリがデジタル・テクノロジーを利用して個人が自由に価格をつけるという行動を支援していることを取り上げていただきました。

松村さんは、ハルモニア株式会社での企業向けのプライシング支援やプライステックの導入支援を通じ、価格に関する先入観をなくし、新しい価格の仕組みや戦略を描き、実践に踏み出すための土台づくりをされていらっしゃいます。

今回は、この「新しい「価格」の教科書」の著者である松村さんに、価格の歴史や価格決定力を上げるプライシング戦略について、お話を聞いてみました!

 

大量生産・一律価格の時代から、変動価格の「価格」3.0へ

今枝> この度、「新しい「価格」の教科書」を拝見させていただきました。この本に込めた想いはどのようなものでしょうか。

松村> お金の誕生以来、価格というのは非常に身近なものです。コンビニに行っただけでも、数千の品物に値段がついています。しかし、価格のつけられ方、考え方については、なかなか意識を向けることは少ないと思っています。

この本では、あらためて価格の基本について、売る側・買う側両方の立場でまとめています。また、価格の歴史の過去・現在・未来を紐解きながら、「価格3.0」ではテクノロジーを使ってどのように価格が算出されているのか、企業や個人がどう使いこなして行動していけばよいのかを提案しています。

今枝> 価格の歴史というのは、どのように移り変わってきたのでしょうか。

松村> 価格の歴史を、3つに分けています。実はお金が誕生した約3,600年前から19世紀の終わりまでの3,500年間は、その場で個別に交渉・相談して価格をつける個別交渉の時代でした。これを「価格1.0」の時代と考えています。そして、100年と少し前から、大量生産と一律価格の時代が始まり、値札がついているものを購入するのが「価格2.0」の時代です。近年では、その時々でそのモノやサービスに最適な価格をつける、変動価格が広がる「価格3.0」の時代に入ってきました。

今枝> そうすると、例えばメルカリなどはどのように位置付けられるのでしょうか。

松村> フリマというのは、原始的な個別交渉の仕組みを利用するものです。もともとは、同じ時間と場所に集合しないと取引をできなかったのが、メルカリでは、テクノロジーを使いインターネットを介してスケールできる形でマーケットを実現しているのだと思います。また、メルカリはデジタル・テクノロジーを利用して、個人がその時々で最適な価格をつけるという行動を支援しています。

今枝> メルカリ上で、購入希望者が商品の状態について質問のコメントをした内容を出品者が確認して返信したり、遠隔地の方とメッセージや品物のやりとりができるといった点が、場所や時間の制約から解放されており、従来の対面型フリマとは異なるということですね。

松村> 「価格3.0」への変化はグラデーショナルです。例えばタクシー料金も、日本では距離に応じて事前に決められた金額を支払いますが、諸外国に行くと個別交渉するようなケースもたくさんあります。

 

価格の決定力を上げると、日本が豊かになる

今枝> 松村さんがCEOを務めていらっしゃるハルモニア株式会社では、企業のプライシング戦略を支援されているとのことですが、そこにはどのような目標があるのでしょうか。

松村> まず、日本の大きな課題として、経産省や内閣府の資料の中でも「企業の価格決定力の低さ=粗利率の低さ」が指摘されています。日本企業は強気の価格付けができていない、ということです。買う側としては嬉しいかもしれませんが、企業にとっては、いいモノやサービスを提供しても安い仕事にしかならないということを意味します。

そうすると、企業側は企業努力としてコスト削減をすることになります。しかし、商品原価を削る、賃金を下げるということをしようとすると、売る側というのは買う側でもあるので、賃金が下がった消費者の需要は盛り上がりません。そしてまた、消費者の財布の紐は固くなり、消費意欲が減退するという負のスパイラルに陥ってしまいます。

企業側(売る側)がいい仕事をして、それをうまく伝え、消費者(買う側)に魅力を感じてもらうことで、その価値に見合った価格で買ってもらえるというポジティブなスパイラルにすることが非常に重要です。つまり、企業が価格決定力向上へ踏み出せないと、業界全体としても価格決定力が弱くなっていってしまうと思います。

今枝 様々な業界において、大規模な設備・開発投資が難しい中では、プライシングが果たす役割は非常に大きいですね。

松村 メルカリで出品すると、個人が値付けをします。大昔に買ったモノでも、価値を感じる方がいれば購入した価格を超えて売れることもある。そういった意味で、メルカリは価格が自由に変動することを体験できるので、その時々にあわせて最適な価格をつけるという変動価格が広がる「価格3.0」時代の導入として売り手・買い手両方によい経験となるのではないでしょうか。

 

コストベースから脱却し、買う側のバリューベースの価格付けへ

今枝> 価格決定力を上げるために、全てのモノの価格を一律に上げるわけにはいかないと思います。価格決定力向上には、どのように価格を変えていけばよいのでしょうか。

松村> 考え方の枠組みとして、売る側がかかったコストに利益分をプラスして価格をつける「コストベース」と、買う側が感じる価値に合わせて支払っていい金額を決めるという「バリューベース」の考え方があります。

買う側は、バリューベースで妥当だと感じる価格を下回れば購入を前向きに検討するでしょう。しかし、このバリューベースでの価格を探るのは少々難しいのです。単純に「いくらまでなら支払いますか?」と直接聞いても、買う側としては安い方がよいので、正確な答えが聞けないからです。

そのため、

①消費者への定量調査:セグメントごとに払ってもよい価格と思う価格の上限・下限や、安すぎる・高すぎると思う金額を調査し、そこから消費者が受容する価格を割り出す

②実績データを用いた予測:過去の購入タイミング・金額などのデータを集計し、顧客が妥当と感じる価格を割り出す

などの手法があります。これによって、毎日お客さまに「いくらまでなら支払っていただけますか?」と聞くことなく、それぞれに最適な価格を提案することができます。

今枝> 値付けをするというのは難しいですね。メルカリでも、商品情報を入力すると、その時に「売れやすい価格帯」が自動でおすすめされます。商品名、カテゴリー、商品の状態、出品時の日付などから判別し、AIが最適な価格帯を算出して、お客さまの値付けをサポートしています。

松村> データの活用がさらに進んでいけば、さらに詳細な個人ベースの分析による価格サジェストも可能になりそうです。価値観が多様化するなかで、買い手にあわせて価格付けもパーソナル化するのが自然なことだと思います。

(後編へ続く)

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プロフィール

松村 大貴 (Daiki Matsumura)

ヤフーでUS企業との事業開発やブランディング、復興支援に携わった後、2015年にハルモニア株式会社を創業。インターネット広告の仕組みから着想を得てプライシング変革支援サービスを立ち上げ、企業へのコンサルティング、ビジョンメイキングを行っている。著書『新しい「価格」の教科書 値づけの基本からプライステックの最前線まで』(ダイヤモンド社)、『次世代マーケターの必修科目「プライシング」の始め方』(翔泳社)

 

インタビュワー

今枝 由梨英 (Yurie Imaeda)

メルカリ会長室政策企画参事。2010年、日本銀行入行。経済産業調査、新日銀ネットシステムの企画、大手金融機関のモニタリングやリテール向けビジネス分析、アジアの中央銀行との金融政策運営やグリーンボンド投資に関する国際連携に従事。2021年に株式会社メルカリに入社し、主に消費者保護に関するマーケットポリシーや渉外に取り組む。