新しい「価格」の教科書の著者の松村大貴さんに、新しい価格の仕組みや戦略の可能性について聞いてみた(後編)

前編に引き続き、企業のプライシング支援により、新しい価格の仕組みや戦略を描き、実践に踏み出すための土台づくりをされていらっしゃる株式会社ハルモニアCEOの松村大貴さんにインタビューを行っています。

後編では、サステナブルな社会につながるプライシングや、2次流通市場の特徴についてお聞きしました。

前編も併せてご覧ください。 

 

価格が自由に変わると、サステナブルな社会になる

松村> たくさん作って、たくさん売って、たくさん捨てていい時代ではなくなりました。資源はなるべく使わない方がいいし、作ったのであればなるべく最後まで使い倒してあげた方がいいというのがグローバルな合意だと思います。その仕組みをより社会に浸透させるためには、消費者にとっての経済的なインセンティブを付加してあげるのが大事です。

価格が変わっていくことをポジティブにとらえられるように、考え方をシフトできるとよいと思います。これまでは、大量生産・大量販売をするために、一律の価格をマスマーケティングで広めていました。価格決定においては、企業が一つの商品に対して一つ定めるもので、消費者は受け身という意識があったと思います。

しかし、企業側は、例えば、一度売り出した家電の価格を途中で上げてもいいし、人気のあるエンターテイメントではプレミアムをつけたチケットを販売してもよいと思います。また、毎年新型を出す家電などは、二次流通市場における価格や売れ行きを参考にして、値付けを考えることもできると思います。

今枝 メルカリの創業時からの思いとしても、必要なモノが、必要な人に、必要な量だけ届くような循環型社会を目指しています。

松村> 一次流通でも、特にアパレルや食品で大きなロスが出ています。せっかく資源を使って作っても、売れ残った新品の服や食品は勿体無いですよね。ハルモニアは、東芝テックさんと組んで、今まさにスーパーマーケット向けに価格の最適化によるロス削減ソリューションを開発しているところです。

タクシーやバスなどの交通領域でも、料金自由化など進み始めているところもありますが、石油資源等のエネルギーを使って人を輸送しているので、資源ロス削減の観点で、その料金の自由化は大きく寄与できる可能性を秘めていると考えます。

 

二次流通市場の商品は、1点ずつユニーク=異なる価値を持つ

今枝> 世の中のプライシング動向の中で、メルカリ事業はどのように位置付けられますでしょうか。

松村> 二次流通市場の特徴は、本質的には出品されているものが1点ずつユニークなものであって、同じものは二つとないのです。たとえ同じメーカー・型番の物であっても。二次流通市場での出品数は一次流通よりも少ないですし、商品の状態や利用履歴も一つ一つが異なっていて、違う価値をもっています。

また、買い手の購入履歴などを分析した個人ごとのサジェストも可能だと思います。例えば、愛好家と呼ばれるような人が多いある特定のカテゴリでは、彼らの目に留まるクオリティや特定の条件の商品であれば、「売れやすい価格」よりも高い価格をサジェストすることも可能になるのではないでしょうか。

今枝> 興味深いですが、なかなか実装が難しい機能のようにも思えてしまいました。

松村> 二次流通は商品一つひとつがユニークなので、こういうモノを偏愛する人がいるから高く売るというのは、不公平なようにみえて実は逆。本当に欲している人に届けるには必要なことなんです。

ある商品に興味がある人が100人いて、8千円で出品されたとしましょう。8万円を出してもいいから買いたいと思っている人がいるのに、8千円だったら買ってもいいと思っている人が先に買ってしまったら、一番そのモノに対して愛がある方に届けることができない。そして、二次流通市場では、似たようなものはあっても同一のものは2度と買えないのです。

今枝> モノの価格は、一次流通で生まれた時から刻々と変わっていく。しかも買う側の価値観によって異なるのですね。

松村> プロ野球選手の少年時代のグローブは、お母さんにとってはあまり価値がないかもしれませんが、時により数百倍の値段がつくことだってある。個別交渉が活きる場なのだと思います。

 

NFTやデジタルコンテンツ市場でもバリューベースが広がる

今枝> NFTやデジタルコンテンツにはどのようなプライシングの特徴があるでしょうか。

松村> 基本的な構造は変わらず、買う側のバリューに基づく値付けがされていくと思います。ゲームのアイテムなどがわかりやすいですが、商品の状態が減耗せず、追加的な取引をするコスト、新たに製造するコストもゼロですので、そこがもっとはっきりしやすいですね。

デジタルだとやりやすくなるのは、最初に無料で配布しておき、使用したら後で課金するようなプライシング方法。従来よりもプライシング手法の多様性が広がると思います。

今枝> 買う側の価値をどう推量するのかが、シンプルに問われるのですね。まさに「価格」3.0時代の新たなプライシング戦略が必要な領域と感じました。 

松村さんに、「価格」の時代は今まさにダイナミックに変化していること、データやテクノロジーを活用した、個人の価値観に合わせた価格付けが求められていることを教えていただきました。ありがとうございました!

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プロフィール

松村 大貴 (Daiki Matsumura)

ヤフーでUS企業との事業開発やブランディング、復興支援に携わった後、2015年にハルモニア株式会社を創業。インターネット広告の仕組みから着想を得てプライシング変革支援サービスを立ち上げ、企業へのコンサルティング、ビジョンメイキングを行っている。著書『新しい「価格」の教科書 値づけの基本からプライステックの最前線まで』(ダイヤモンド社)、『次世代マーケターの必修科目「プライシング」の始め方』(翔泳社)

 

インタビュワー

今枝 由梨英 (Yurie Imaeda)

メルカリ会長室政策企画参事。2010年、日本銀行入行。経済産業調査、新日銀ネットシステムの企画、大手金融機関のモニタリングやリテール向けビジネス分析、アジアの中央銀行との金融政策運営やグリーンボンド投資に関する国際連携に従事。2021年に株式会社メルカリに入社し、主に消費者保護に関するマーケットポリシーや渉外に取り組む。オックスフォード大学経営学修士(MBA)。