農林水産省の「我が国の食料・農業・農村をとりまく状況の変化」(2022年9月)等によりますと、我が国の農業は、基幹農業従事者の高齢化・減少、全国市町村の少子高齢化・過疎化による後継者不足、気候変動による大規模な災害の頻発、世界情勢の不安定化等による肥料・飼料価格の高騰、フードロス対応等の多くの課題に直面しているとされています。特に将来を担う若手農業従事者数の増加がなくては、今後の我が国における持続的な農業の確保が困難となり、ひいては食糧供給の不安定化によって食糧安全保障も脅かされてしまうことが危惧されています。
一方で、生産から製品開発・販売までを行う農業の6次産業化が広がり農産品の高付加価値化が進展するとともに、消費者への直接販売を含めたECや輸送手段の普及・高度化による販路の拡大も確保されてきています。これらを通じて農業の在り方の多様化や農業従事者の所得向上等により、農業の可能性も見直されつつあります。
今回、このような農業分野の課題・可能性やメルカリの役割等について、今後の農業の将来を担う若手農業従事者の全国組織である全国農業青年クラブ連絡協議会※(以下、4Hクラブ)の山浦昌浩 会長に、元農林水産省の早坂光春と元総務省・和歌山県職員の天野宏の政策企画チームの2人でお話を伺いました。
※農業青年クラブ(4Hクラブ)は、農林水産省所管の、20~30代前半の若い農業者間の情報交換や技術課題の検討・プロジェクト実施等を行う組織で、全国の都道府県・市町村に670団体あり、会員数は総勢約1万人となっています。全国農業青年クラブ連絡協議会はこれら各地域の4Hクラブを束ねる全国組織となります。
山浦 昌浩 4Hクラブ会長インタビュー
全国の仲間から生産技術や最先端の農業経営を学ぶ仕組み
メルカリ 天野宏(以下、天野)> 今日は、皆さんのめざす日本の農業の未来について語っていただければと思うのですが、まず、改めて「4Hクラブ」と呼ばれる全国農業青年クラブ連絡協議会についてご紹介ください。
4Hクラブ 山浦昌浩 会長(以下、山浦会長)> もともと全国農業青年クラブ連絡協議会(4Hクラブ)は米国の「4Hクラブ」に範を取ったもので(※)、日本でも現在は「4Hクラブ」と呼称されています。4Hは青少年のHead(頭脳)、Hand(技術)、Heart(心)、Health(健康)を意味しており、4Hクラブはもともとはそれらの向上等を目的としています。その一環として現在は若手農家の間に横の繋がりを作り上げて、大きなコミュニティを形成することを目指しています。
今後の農業を担っていく若手世代には、限られた地域ややり方等だけに閉じて視野が狭くなるのは望ましくないので、4Hクラブで築く横の繋がりによって、お互いに学びあって成長していくことが期待されています。そして、全国の仲間から得た学びを地域に還元して、地域の農業の発展にも貢献していって欲しいです。
実際、私自身も、所属する農業法人を飛び越えて、長野県全域や全国の農家さんと交流する中で、生産技術だけでなく、より先端的な農業経営の手法も学ぶことができました。
※米国の4Hクラブは900万人の会員が所属する米国農務省所管組織で、1890年代から農業教育への需要が高まるアメリカ各地で農業系の大学や研究所を中心にクラブ活動のような活動が展開され始めたものとされています。
農業も新たなビジネスのため、農家自身もアップデートが必要
天野> 日本の農業は、基幹農業従事者の高齢化と就業者の減少、農業従事者の所得向上や販路多様化等の課題や可能性が山積しているかと思います。これからの農業の課題と可能性についてどのようにお感じでしょうか。
山浦会長> ご指摘の通り、課題山積の状態です。耕作放棄地の増加、担い手不足、資材価格の高騰もあり、また、畜産を中心に倒産企業が増えているとも聞きます。農家の数も実際に減少しています。とはいえ減少しているのは兼業農家の方が多く、その分の農地の集約化も進んでおり、生産量自体への影響は大きくないと承知しています。実際、群馬県では若手の方が農業法人を運営し、農地の集約化を進めて成功しています。
また、農業を多面的に捉えることも必要になります。実際、テクノロジーの進化によって単位面積当たりの収穫量は増えていますが、近年多発している災害でそのような生産設備にも多大な被害が出ています。テクノロジーが導入された分だけ、電力の安定供給の確保やテクノロジーのより有効な活用も考えていかなくてはいけないのです。
また、収益の多角化も新しい視点で検討していかくなくてはいけません。農場を単に生産現場としてではなく、エンターテイメントの場として捉えて、体験型サービスを提供することで新たな収益源となるかもしれないです。そういった農業というフィールドを活用した新しいビジネスを展開できるように、農家自身も自分たちの考えをアップデートしていかなくてはいけないのです。
若手農家が輝ける場とし、世界に羽ばたけるチャンスも提供したい
天野> なるほど、課題もあれば、大きな可能性も沢山あることが分かりました。2022年7月から会長に就任されましたが、会長として4Hクラブで取り組んでいきたい課題や可能性はありますか?
山浦会長> 大前提を申し上げますと、4Hクラブは独立した農家の集まりであり、考え方や生産作物、直面する状況がそれぞれ異なり、一律に課題設定することは難しかったりします。
そのため、特定の課題に取り組むというよりは、会員間の交流や学びのための場づくりに専念しています。会員間で成功体験を机上で学ぶだけでなく、成功事例を直接見て、他の会員も刺激を受けて欲しいし、会員による新たなチャレンジを促進したいと思っています。ただ、この3年間のコロナ禍で会員間の交流が途絶えているので、まずは交流を再活性化させたいです。
その上で、4Hクラブを若手農家自身が輝ける場であることも提案していきたいです。4Hクラブ自体は60以上の国にあると聞いていますし、日本の4Hクラブから世界に羽ばたけるチャンスも提供できるのではないかとも考えています。
天野> 若手の農業従事者の現状を教えていただけますか?また、どのようにしたら若年層を増やせるのでしょうか?
山浦会長> 自分も含めて異業種から就農した人間は、幼いころに何らかの形で農業に触れた経験を持つ者が多いです。そのため、教育カリキュラムの中に一定の農業体験を組み込めれば、農家も増えるのではないでしょうか。
また、農業には社会で体験できることの9割が詰まっており、キャリア教育の観点からその体験は有用だと考えます。例えば、製造だけでなく、不動産、機械整備、マーケティング、デザイン、販売、加工等、農家はこれらを全部こなさなくてはいけないですが、そういった各プロセスを体験する中で自分にとって一番得意なことが分かり、より自分に合ったキャリアの構築に繋がるのではないのでしょうか。
アクセスできなかった層にアクセスできる大きなチャンス
天野> 循環型社会実現やフードロス削減、食の安全・安心等、農業分野においてもSDGsは密接にかかわる部分が多いと思いますが、こういった問題についても意識することはありますか。
山浦会長> 4Hクラブには多種多様な考え方の会員がいるため、クラブ全体としてSDGsの旗振りをしているというわけではないですが、個人的には、近年の気候変動や国際情勢の変化にリスクを感じている農家は多いのではないかと思います。実際、国際情勢の変化が我々の生活やビジネスにここまでの影響を及ぼすことを想定していなかったのではないのでしょうか。
こうした中で、フードロスや気候変動対策についても取り組んでいかないといけないとは思っておりますし、無駄なエネルギーをなくしていくことには賛成しています。買い手の教育やメディア露出等、農業においても様々な取り組みが必要となってきています。
天野> 最近はEC(電子商取引)などを使って販売する農家も増えてきました。フードロス削減の問題などにおいては、農業従事者から消費者に直接アクセスできるECも効果があるとも言われます。農業分野におけるECの捉え方やEC活用促進に係る課題等も教えていただけますか。
山浦会長> 高齢者が多い農家全体として、ECを含めたIT利用そのものにハードルの高さを感じています。JAと取引すれば一括で出荷でき、手間もかからないのは事実です。
ただ、一定のITリテラシーがある若手にとっては、「メルカリShops」を含めたECの利用はそれほどハードルは高くないと感じています。
また、ECはこれまでアクセスできなかった層の顧客にアクセスできるのが大きなチャンスだと感じています。仮に農村部でさらにEC利用を活性化させたいならば、地域のECに詳しい人と連携して、そういった人材を地域のECタッチポイントになってもらうというのもあるかもしれないですね。いずれにしましても、管理が簡単で分かりやすいというのがポイントになるのではないのでしょうか。
天野> お話を聞いていて、あらためて「メルカリ」や「メルカリShops」との親和性があるなと思いました。最後に今後我々のような企業と農業との連携について可能性と期待することがあれば教えてください。
山浦会長> 自分の周囲にも「メルカリ」を使っている人が多く、かなり浸透しているという肌感覚があります。個人的には手数料10%というのも十分魅力的なのではないかとも思います。
また、「メルカリ」を使えばアクセスできる客層もあると思います。今後は、地域の農業主体と連携する等、農家にとって更に使いやすいプラットフォームとなっていって欲しいと思っています。「メルカリShops」を利用している農家の皆様を成功例として広報いただけると、農家としても利用しやすいのではないのでしょうか。
「メルカリ」は循環型社会実現を牽引する企業・サービスだと認識していますので、引き続き頑張っていって欲しいと思います。
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山浦会長のインタビューでは、旧来のいわゆる地域での生産者としての農業従事者の姿に留まらない、特定の地域や事業の限界を打ち破るような、新しい時代の旗手としての農業従事者の形が日本で生まれつつあることを実感しました。
ソウゾウは、2022年度から4Hクラブに賛助会員として参加しておりますが、今後も農業従事者に簡単で売れるECプラットフォームを提供させていただくだけでなく、賛助会員として4Hクラブの活動を支援させていただくことで、我が国の農業及び食糧供給の持続可能性の確保に貢献していきます。
(天野 宏・早坂 光春)
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プロフィール
山浦 昌浩(Masahiro Yamaura)
全国農業青年クラブ連絡協議会第69代会長。株式会社アグレス 総務・未来開発室長。株式会社アグレスは、長野県で8.5haの施設でほうれん草を生産し、露地では主にブロッコリーを栽培。長野、山梨、埼玉に生産の拠点を持つ。2014年アグレス入社。栽培現場を経て、未来化発室長に就任し、農業に特化した海外スタディツアー「農スタ」を主催、規格外ほうれん草を使ったフードロス加工品「野辺山ほうれん草カレーペースト」の開発、キッチンカー「bokuya」の出店などを展開。4Hクラブでは長野県4Hの会長を経て、全国4Hの理事、事務局次長、副会長を経て、現職。
インタビュワー
天野 宏(Hiroshi Amano)
メルカリ経営戦略室政策企画参事。2008年総務省入省。総務省では、中南米での日本の地デジ方式の展開、東日本大震災被災地の復旧・復興対応、5Gの普及促進等を担う。また、その間の2016年から2019年まで和歌山県庁に出向し、日本の自治体で初めてのワーケーション施策を提唱・実施。2019年にはワーケーション自治体協議会設立に尽力。総務省を退職し、2021年9月にメルカリに入社し、現職。現在は、ワークスタイルとして日本全国を飛び回り、地域の魅力を発掘しつつ、自ら地域でテレワーク・ワーケーションを実施する日々を送る。2021年11月より一般社団法人日本ワーケーション協会顧問。
早坂 光春(Mitsuharu Hayasaka)
メルカリ経営戦略室政策企画。獣医師。2016年 農林水産省入省。農林水産省では、総合的なTPP等関連政策大綱に基づく農林水産分野の対策、「食料・農業・農村基本計画」の改定、農業分野におけるSDGs推進、日米貿易協定による農業分野の影響試算、畜産業の振興施策等に従事。2021年に株式会社メルカリに入社し、農林水産物の出品やフィンテック分野に係る渉外などに取り組む。