写真左が趙愛子、右が中田美沙貴
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毎年3月8日は、女性の社会参加と功績を称える日として国連が定めた「国際女性デー」です。国連は、2024 年の国際女性デーのテーマを‘Invest in women: Accelerate progress’ とし、「ジェンダー平等は、依然として、最大の人権問題。女性への投資は人権の観点から必要不可欠なことであり、インクルーシブな社会を構築するための土台である。」というメッセージを発信しています。
メルカリでも、アクションの一つとして、昨年、男女間賃金格差の是正に取り組みました。組織内の男性と女性の平均賃金の差を示す「男女間賃金格差」に加え、より状況を正確に把握するために、役割・等級や職種などによる差に起因しない「説明できない格差(unexplained pay gap)」の算出を行った結果、男女間賃金格差は37.5%、「説明できない格差」が7%あることがわかりました。この「説明できない格差」を解消するため、女性社員に対して報酬調整を実施し、7%から2.5%まで是正しました。
男女間賃金格差の是正を含む、インクルージョン&ダイバーシティ(Inclusion&Diversity、以下、I&D)を推進するI&Dチームのマネージャー趙愛子に、政策企画の中田美沙貴が現在の取組と今後の展望についてお話を聞きました。
フェアでインクルーシブな環境を作る
メルカリ政策企画 中田 美沙貴(以下、中田)> メルカリでは、インクルーシブな社会の構築というのはまさにI&Dチームがリードしているところですが、まずI&Dチームの業務について簡単にお聞かせください。
メルカリI&Dチームマネージャー 趙 愛子(以下、趙)> 「多様なバックグラウンドを持つ社員一人ひとりのフルポテンシャルが発揮されるよう、フェアでインクルーシブな環境を作る」こと、これがI&Dチームのミッションです。
それを達成するための「Role & Responsibility(役割責任)」ですが、I&Dはメルカリのミッション達成に不可欠なものとして推進しており、そのためにI&D観点から必要な戦略をプランニングし、主に人事部門と連携しながらさまざまな施策を推進しています。また、データの活用を重視しており、社員の入社から退職までのあらゆる人事プロセスの中で、バックグラウンドに起因する差別や不平等がないかモニタリングし、課題があれば必要なアクションについて検討しています。
中田> ジェンダーギャップをデータで可視化することは、近年、国連でも重視されているところで、それを既に実践されているというのは素晴らしいですね。特に、データが生きてくると感じる場面はありますか。
趙> I&Dについての議論は、個々の価値観がぶつかって前進させることが難しい場面の連続なので、できるだけ客観的なデータを用い、議論の前提を揃えることが大事だと考えています。
中田> 一社員としても、フェアな環境をつくるというところに本気で取り組んでもらえることはとても有難いと思っているのですが、メルカリが目指す「フェアでインクルーシブな環境」とは、具体的にどういうものでしょうか。
趙> 世界中から集う多様なバックグラウンドを持つ仲間の存在を尊重し合い、その可能性を広げ合う環境のことです。経営戦略上、メルカリが最も重視しているのは「人」への投資ですが、メルカリの「人」への投資方針は、マテリアリティにもある通り「世界中の多様なタレントの可能性を解き放つ組織を体現する」ことであり、人的資本方針の中核をなす考え方です。
中田> なるほど。 多くの企業でI&Dは人事部門の一つに位置付けられていると思いますが、メルカリでは経営戦略として位置づけられていますよね。
趙> そうですね。メルカリは、大前提として、バックグラウンドに関わらず社員一人一人が「個」として尊重される(=respect for individuals)ことが重要だと考えています。特に欧米ではI&Dはビジネス以前に人権の問題として取り組まれていて、若い世代ほど、フェアネスや不合理な差別を許容しないことに対する感度が高い傾向があると感じています。そのため、たとえ多様なタレントに入社いただいたとしても、アンフェアな環境であると感じれば早晩見切りをつけられてしまいます。私たちが考えるインクルーシブとは、お互いの違いを生かし合い、違いから学び合うというカルチャーです。
中田> 若い世代の方が、フェアネスや不合理な差別を許容しないことに対する感度が高いということには、すごく同意します。ジェンダー自体が社会によって作られる性差なので、時代によって「当たり前」とされることが変わるように、その時々の社会によって社会的な性差やフェアネスに対する意識も変わって当然だと思います。だからこそ、世代や個々人のバックグラウンドにより認識の違いがあることを前提に、いかに共通認識を持てるか、が重要ですよね。
「やさしい日本語」で歩み寄りの文化を醸成
中田> メルカリでは約50か国の多様な人材が活躍していることもあり、「ハイコンテクストからローコンテクストに」、というところを意識して実践しているなと感じます。昨年12月にI&Dステートメントを策定され、全社員参加のタウンホールミーティングで発表したことも、ローコンテクストにといった意味合いがあったのでしょうか。
趙> そうですね。冒頭でも述べたように、メルカリではI&Dをミッション達成に不可欠なものと位置付けています。創業10周年のタイミングで刷新された新グループミッションを受けて、2023年第3期I&D Councilでは「I&Dとしてはどのようなアップデートをするべきか」「そもそも何を目的にI&Dを推進しているのか」について、改めて議論しました。
その結果、多様性の高まりに伴って、その多様性の力をミッション達成への強力な推進力に変えるためには、インクルージョンの強化が重要であるとの合意に至りました。ここで強調したかったことは、インクルージョンの推進は会社だけが行動主体となるのではなく、社員一人一人の日々の行動であり、一人一人がオーナーシップを持つべきものである、ということです。そのため、会社が行動主体だったそれまでのステートメントを、経営や社員を含む全員を主語としたステートメントにアップデートし、全社に発表しました。
中田> なるほど。社員一人一人がインクルージョンを推進し体現する行動主体であると、当事者意識を持つことが重要だということですね。I&Dステートメントの発表にあたっては、英語と日本語の両方で実施されたことも印象的でしたが、そこにも何か意図があったのでしょうか。
趙> そこは試行錯誤があったところで、やはり日本語だけ、英語だけ、という実施の仕方はインクルーシブでないので、スピーカーが日本語か英語かを選択できるようにしました。通訳の方は大変だったと思います。笑
中田> メルカリは公用語を決めておらず、日本語話者は「やさしい日本語」を使い、英語話者は「やさしい英語」を使うことで、お互いが歩み寄る文化を醸成しているところが素晴らしいなと思っています。今回、日本語パートと英語パートの両方があったことで、日本語話者、英語話者それぞれが通訳を聞く側に回るという体験があったのも、互いの立場を理解するというところにつながっているのではないでしょうか。
趙> それが伝わってよかったです。「やさしいコミュニケーション」で大事にしているのが「Meeting Halfway」 というお互いに歩み寄るという考え方なので、今できる範囲で工夫して実施しました。
男女賃金格差の是正は、多様なタレントに選ばれ続けるために
中田> 次に、男女賃金格差の是正アクションについて伺います。「格差の是正」というのが世間一般的な見方だと思いますが、そこには「人への投資」という観点もあったのでしょうか。
趙> 是正のアクションについては、大きく2つの意味合いがあると思います。まず1つ目は、フェアネスの観点ですね。あらゆる人事プロセスの中に不平等があれば是正する、というI&Dの一連のアクションの一環です。ここで重要なのは、今後社会に存在するであろう格差を再生産することがないよう、過去からの負債をメルカリで返し切るのだという意思表示です。
そして、2つ目は、将来に向けて多様なタレントに選ばれ続ける組織環境を整えるための投資です。これらは、別々に存在するコンテクストではなく、密接に関連するものだと考えています。
中田> こういった是正のアクションを取ることは、今働いている社員に対しても、すごくポジティブに反映されるのではないでしょうか。将来の人材獲得のみならず、現在のタレントの定着に向けた投資にも繋がっているのではないかと思っています。
趙> そうですね。評価報酬プロセスに対する満足度は男女ともに上がったので、この会社で働き続けたい、という気持ちに繋がるとか、エンゲージメント要因の向上につながっていくことが見えてくるとすごくいいな、と思っています。
中田> 昨年は、男女賃金格差の是正がひとつ大きなアクションだったかと思うのですが、今後、特に取り組みが必要だと感じている分野があれば教えてください。
趙> ミッション達成に向けてI&D観点で必要な施策は全て推進する必要があるのですが、その中でも1つ上げるならば、ジェンダーギャップの解消はあらゆる側面で進めていく必要があります。
女性にとって日本企業で働く難しさは日本の社会通念や歴史に大きく影響を受けており、脈々と受け継がれてきたことなので、短期的に変えるというより長期的に取り組む必要があると思っています。ただ、企業内の女性比率に関しては、何十年も社会変化が起こることを待っているわけにはいかないので、それを待たずにメルカリ内の改革を進めていかなければなりません。採用プロセス、人事評価のあり方など、人事の中でも様々な部門と議論をしながら、具体的なアクションに繋げようと動いているところです。
中田> 女性比率が低い場合、多少なりとも女性のパフォーマンスに影響を及ぼすこともあるのではないでしょうか。例えば、要職に女性が少ない組織であれば、女性がアシスタント的な存在として見られたり、男性の中に一人女性が入った場合に、無意識に女性が気後れして消極的になってしまうということはあり得るのではないかと思います。
趙> その「無意識に」というところが重要なんですよね。メルカリには、恣意的に不当な扱いをしようとする人はいないと思いますが、例えば子どものいる社員に対し、「お子さんがいて大変だから、他の人に任せよう」というような配慮を無意識にすることで、その社員の可能性を摘んでないか、なども考えていかなければいけません。
社会全体でジェンダーギャップを解消し、よりフェアな社会へ
中田> 最後に、政府との連携について少しお伺いしたいのですが、昨年からダイバーシティ経営や高度外国人材の受け入れ促進といった観点について、政府からのヒアリング依頼に応えていただいていると思います。省庁とコミュニケーションをしてみて気づきや変化などはありましたか。
趙> ありました。I&Dを推進していくにあたり、これまで省庁のサイトを見たり、書面ベースで政府の方針や法令について折を見て確認していましたが、どちらかというと、政府が決めたものを企業が受けとるものという一方通行のイメージを持っていました。今回、省庁と接点を持たせていただき、省庁側が企業の取り組みをとてもよく研究されていることや、真剣に知りたがってくださっていることが分かり、いい意味で驚きでした。
中田> 政策企画チームとしては、一方通行だったコミュニケーションが双方向になったということが聞けて、本当に喜ばしいです。
趙> また、省庁の担当者が、危機感、切迫感を持って取り組まれていることを知れたことも大きく、I&D推進する上での現場の現状や課題感を継続的に伝えながら政府と連携することで、個社では限界のある課題解決を社会全体で進めていけたら、と思うようになりました。
中田> 素晴らしいですね。社会全体で推進していけるよう、政策企画チームも引き続きサポートさせていただきます。今後、政府と協働できそうなことや、政府に期待することがあれば、聞かせてください。
趙> 男女間賃金格差の開示と是正のアクションについては、格差の要因分析をする上で必要な回帰分析の手法は色々なアプローチがあり得るため、将来的に各社各様の分析を行った場合、企業間の適切な比較が難しくなるのではないかと懸念しています。例えばヨーロッパでは、回帰分析を各社が簡易的に行える分析ツールを政府が公表している国もありますが、様々な企業が適切に分析ができ、企業間比較ができるような分析指標の標準化は必要だと考えています。
中田> 他の企業からも分析手法を参考にしたいという要望の声もありますし、各社分析指標の策定に苦労していそうですよね。指標を標準化できれば分析指標でなく、分析結果とその是正にリソースを割けますし。
趙> その通りで、是正アクションのための議論や検討にリソースを割くべきなんですよね。一度に大きく変えることは難しいと思うので、今後も、定期的に省庁と意見交換し、ジェンダーギャップの解消を共に推進していきたいです。
写真左が中田美沙貴、右が趙愛子
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プロフィール
趙 愛子(Aiko Cho )
メルカリ I&D Team Manager /#z-kamakura
音大卒業後、テレビ局報道記者、外資系医療機器メーカーでの営業を経て、リクルートに入社。 営業、HR、働き方変革推進などに12年従事した後、約2年のジョブレス期間を経て、2021年5月にメルカリに入社。 Talent Management Team立ち上げ後、I&Dチームにて現職。
インタビュワー
中田 美沙貴(Misaki Nakata)
メルカリ Public Policy Team
大阪大学大学院修了後、西宮市役所で福祉政策、出向先の内閣府で規制緩和を担当。その後、アフリカの国連機関や外務省等において、ジェンダーの専門家として従事。2023年10月にメルカリに入社し、Public Policy Teamにて現職。