東大・渡辺教授に聞く「メルカリ物価・数量指数」の可能性(後編)

前編に引き続き、東京大学大学院経済学研究科及び公共政策大学院教授である渡辺安虎教授(以下、渡辺教授)にインタビューを行っています。

後編では、渡辺教授とメルカリが共同開発した「メルカリ物価・数量指数」*1について詳しくお聞きしました。

前編も併せてご覧ください。

 

「メルカリ物価・数量指数」は商品開発や流通の見える化につながる

「メルカリ物価・数量指数」を公表することで、流通市場にはどのような影響を与えると教授はお考えでしょうか。

渡辺教授> このような指数が出ることで、二次流通市場で何が起こっているのかが数字として分かります。そのような動きが見えるようになると、二次流通市場と一次流通市場は無関係なわけではないので、消費者の需要の変化が分かりやすくなります。

例えば、中古のフィッシング用品の値段が上がっている場合、フィッシング用品への流通が二次流通市場で高まっているのみならず、全体として需要が高まっている可能性が高いと評価できます。新たな需要の動向に関する情報が可視化される点で非常に価値があるといえます。

また指数により、需要の増減を数字として出すことになります。このような数字が出ることで、どの程度の高まりなのか、微増なのか、大幅に増加しているのか、程度として把握できることは、大きいと考えます。

指数は、カテゴリごとに作成されているので、例えば今回のコロナのような大きな変化が起きた時に、どのような種類の商品への需要がどの程度増加・減少しているかをタイムリーに把握できるのも利点だと思います。

メルカリ物価・数量指数によって、企業はどのように利用できるとお考えでしょうか。

渡辺教授> 利用方法としてすぐに考えられるのは、商品開発担当やマーケティング担当の方が、需要やトレンドの動向を把握するのに利用することです。ここで指数が特に便利な点としては、どのようなカテゴリで需要の変化が起きているかを指数で把握した上で、実際にメルカリのサイトやアプリを開くとどのような商品がどのような価格で取引されているかを見て具体的に確認できるところです。

もちろんこれに限らず、他にも様々な用途で利用できる可能性があるのではないかと思います。

 

一次流通と二次流通の価格差を示すことで、企業が問題を位置づけやすくなる

一次流通価格よりも二次流通価格の方が高い場合に、指数はどのように役立つのでしょうか。                                         
渡辺教授> 一次流通価格より二次流通価格の方が高いなど価格差が生じる原因は、一次流通市場での超過需要が発生しているからですが、このような品不足は当然ながら各企業は把握していると思います。

ですので、指数が一次流通市場の品不足を企業に知らせる役割があるというよりも、価格差の程度がどのくらいなのか、数字として示すことができる点に意義があると考えています。一次流通市場の品不足について、単純に「物が足りていません」というだけでなく、実際の企業側の値付けに対して実際の取引の価格がどの程度上がっているのか、微増に過ぎないのか、それとも2,3倍なのか、といった程度が分かることで、企業内での問題としての位置付けがしやすくなりますし、その後どういうアクションを取るべきか、議論がしやすくなると思います。

 

二次流通全体の「物価・数量指数」を示すことも可能

今はこのような二次流通市場の指数を出しているのはメルカリだけですが、今後オフラインのリユース店舗やオークションサイト等の他社も交えて二次流通物価指数を作成することは可能でしょうか。

渡辺教授> 技術的には可能だと思います。ただそれぞれの二次流通市場で価格の付き方やデータの持ち方が違います。例えばメルカリのように価格を出品者が決めるような市場もあれば、オークションのように買い手とオークショニアにより値段が決まるような市場もありますし、リユース店舗には値決めの担当者や価格表があったりします。このようなマーケット間の差をどのように考慮するのか、それをどのように別々の市場を提供している事業者間でデータを繋ぐのか、という課題はあるのではないかと思います。

 

二次流通の非対称性を解消する「メルカリ物価・数量指数」の可能性今後について

今まで指標について伺ってまいりました。今回メルカリと一緒に指標開発をされましたが、メルカリについてどのような印象を抱かれていますか。

渡辺教授> メルカリによりリユース品取引の二次流通市場が大規模に成立していることは、経済学的には非常に大きな意義があると考えています。

経済学において、二次流通品の取引は情報の非対称性の観点から難しいと考えられています。情報の非対称性に起因する逆淘汰と呼ばれる問題については、二次流通市場は教科書に必ず出てくる例になっています。

逆淘汰の例として中古車の取引市場を考えてみます。取引する際、売主は車の品質を知っています。これに対して買主は、売主より情報が少なく、その中古車の品質を正確に知ることはできません。

ある特定の車種の中古車市場において、売主全体の半分が本来は100万の価値の品質の車を、残りの半分が20万円の価値しかない車を売っているとします。その場合、どちらの品質の車が出てくるか分からないのならば、買主は平均を取って60万円までなら支払ってもよいと考えるでしょう。ただ、そうすると、100万の価値を有する車を持っている人は、取引が成立しても損をするだけなので、この市場から出ていきます。となると品質の良い車がどんどん市場からなくなり、結果として買い手もいなくなり、市場自体が成立しなくなります。悪貨が良貨を駆逐するような話になるわけです。これを逆淘汰と呼んでいます。

このように二次流通市場においては情報の非対称性が生じるため、市場が成立しなくなるということが考えられるわけですが、メルカリではそのような事態を回避する仕組みが色々と用意されています。例えば、届いてから買い手が問題ないと確認した後でないと出品者にお金は支払われないシステムが挙げられますし、出品者への評価もそのような例です 。

このようなシステムが上手く組み込まれていることで、これまで取引が成立していなかった場所における取引を成立させています。このようにメルカリは新たなマーケットプレイスを提供することで社会的な厚生を大きく増加させており、非常に意義があると考えています。

プロフィール

渡辺 安虎(Yasutora Watanabe)
東京大学 大学院経済学研究科 及び 公共政策大学院 教授、東京大学エコノミックコンサルティング株式会社取締役。愛知県常滑市出身、東京大学 経済学部 卒、ペンシルベニア大学 Ph.D.。ノースウェスタン大学 ケロッグ経営大学院 助教授 、香港科技大学 HKUSTビジネススクール 准教授 、アマゾンジャパン合同会社 シニアエコノミスト・ 経済学部門長などを経て2019年7月より現職。2020年8月からは東京大学エコノミックコンサルティング株式会社取締役を兼任。  

*1:「メルカリ」内の各月・各カテゴリごとに価格指数と数量指数を算出して、基準年月(現在は2018年1月)と比較した現在の市場の状況を価格と数量それぞれで示すもの