「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(2023年年改訂版)」を読む(後編)

「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(2023年年改訂版)」(以下、実行計画2023)についての後編です。

前編では、実行計画2023について、昨年の実行計画(以下、実行計画2022)と比較しました。後編は、実行計画2023策定に先だって「新しい資本主義実現会議」が実行計画2022の実施状況や課題を整理した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(令和4年6月7日)のフォローアップ」と実行計画2023との関係を見ていきます。

前編はこちらから。

 

フォローアップの見方

2023年度の成長戦略実行計画が閣議決定されるにあたり、参考資料として『「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(令和4年6月7日)のフォローアップ』(以下、「フォローアップ」)という資料が掲げ添付されています。この資料には、各テーマごとに実行計画2022の「実行計画の記載内容」と「進捗状況」、「残された課題」、「今後の対応方針」が掲げられており、各テーマについて昨年との比較をしやすいようになっています。実行計画2023で記載された内容や進捗状況等を踏まえ、実行計画2023にて目指すべき方向性が「今後の対応方針」で整理されています。

以下では、テーマのうち「AI」と「スタートアップ」について、このフォローアップで示された「今後の対応方針」が、2023年度にどのように反映されたのかについて見ていきます。

AIについて

AIは実行計画2023の「Ⅳ.GX・DX等への投資」の中の4つ目(27〜29ページ)の項目に記載されています。フォローアップ のAIの部分は以下(16~17ページ)のようになっています。

AIについては、「実行計画の記載内容」と「進捗状況」が空欄になっている部分が見られ、実行計画2022から、実行計画2023で大幅に記載が増えました。昨年11月にリリースされたChatGPTに代表されるように「生成AIの性能が向上し、・・・専門家でない人の間でも急速に利用が広がりつつある」状況を踏まえたものと言えそうです。

それでは、フォローアップと実行計画を比べてみましょう。

(2)AIの利用の促進

 AI利用を加速するため、医療や介護・行政・教育・金融・製造等のデータ連携 基盤の構築、DFFT構想の具体化、人材育成、スタートアップの事業環境整備を進める。

  政府機関での生成AIの活用は、機密情報漏洩等のリスクがある一方で、業務効率化や行政サービス向上に有効な可能性もあり 、生成AIの扱い方は重要な論点で ある。このため、政府機関において、試験的な利用等を開始し、知見を集積し、共 有する。

  教育現場でも、AIの利用により教育効果が上がり、教員の負担が軽減できる可 能性がある反面、生成AIが宿題に使われる、AIによる生成物か否かの判別が困 難といった喫緊の課題もあることから、教育現場における生成AIの利用に関する ガイドラインを本年夏までに策定する。 

 生成AIの普及を見据え、AIの基礎知識等、AIリテラシー教育も充実させる。

※上記のうち太字部分が、フォローアップの「今後の対応方針」に示された方針、下線部分が、実行計画で新たに追加された方針です

実行計画2023  28ページより

「(2)AIの利用促進」の部分では、概ねフォローアップをを具体化して策定されていることが分かります。フォローアップの「残された課題」で指摘されていた政府機関・教育現場での生成AIの活用による「リスク」と「有効性」についても、「機密情報漏洩等」、「業務効率化や行政サービス向上」というより具体的な観点が指摘されました。

また、最後には「生成AIの普及を見据え、AIの基礎知識等、AIリテラシー教育も充実させる。」との文言が追加されています。

なお、ここで指摘されている「教育現場における生成AIの利用に関するガイドライン」については、2023年7月4日に文部科学省初等中等教育局が「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を策定しています。

(3)AIの開発力の強化

日本の研究水準の維持・向上、イノベーションや新規産業の創出等のためには、

速やかに生成AIに関する基盤的な研究力・開発力を国内に醸成する必要がある。

AI開発のインフラとも言うべき、計算資源の整備・拡充を迅速に進める。

さらに、生成AIの開発には、大量かつ良質なデータが必要であることから、著作権等に留意しつつ、公的機関が保有するデータを、企業や大学等に対し開発用にアクセス可能とする仕組みを速やかに構築するとともに、AIに対するニーズが大きい分野のデータを整備する。

また、AIが消費する莫大な電力が課題となっており、データセンターの分散立地とともに、AI向けの計算に適した省エネ型半導体等の開発を促し、早期の社会実装を目指す。

なお、これらの取組に際しては、技術革新のスピードを踏まえ、市場原理を最大限尊重し、迅速、柔軟かつ集約的にプレーヤーの取組を加速する。また、技術の公開による利用促進が新たな技術革新を生み出す可能性に配慮し、計算資源やデータのほか、オープンに利用可能な基盤技術等を提供する環境を整備し、世界からトップ人材が集まり切磋琢磨できる研究・人材育成環境を構築していく。

また、この分野では、世界的にもスタートアップによる挑戦が数多く見られ、AIの開発、周辺アプリやサービスの開発等、様々なアイディアをスタートアップ政策も活用して支援する。

※上記のうち太字部分が、フォローアップの「今後の対応方針」に示された方針、下線部分が、実行計画で新たに追加された方針です

実行計画2023 28~29ページより

「(3)AIの開発力の強化」の部分は、フォローアップで示されていなかった事項が多く追加されました。具体的には、フォローアップでも示されていた「計算資源の整備・拡充の迅速化」、「データの整備」に加え、新たに「データセンターの分散立地・省エネ型半導体等の開発促進」が追加され、「市場原理を最大限尊重すること」や「研究・人材育成環境の構築」についても触れられています。また、AIの開発についてスタートアップが重要であるとの認識も示されています。

フォローアップ策定から実行計画2023策定の間にも議論や施策が充実したことはAIを取り巻く環境変化の速さとそれに対応した柔軟な政策検討がなされたことを物語っています。

 

スタートアップについて

次にスタートアップについて見てみます。スタートアップは実行計画2023の「Ⅴ.企業の参入・退出の円滑化とスタートアップ育成5か年計画の推進」の中の2つ目(35〜50ページ)の項目に記載されています。「スタートアップ5か年計画」は昨年11月に策定され、「スタートアップへの投資額を5年後の2027年度に10倍を超える規模(10兆円規模)にする」ことを目標として掲げています。

スタートアップについては、項目が多岐に渡るため主な政策に絞って検討していきます。

フォローアップ 27ページより

③海外における起業家育成の拠点の創設(「出島」事業)

起業を志す若手人材20名を選抜してシリコンバレーに派遣する派遣事業について、派遣規模を5年間で1,000人規模に拡大する。その際、学生や女性起業家を含めた幅広い人材を募集する仕組みとする。

・シリコンバレーとボストンに日本のビジネス拠点を新設する。

※上記のうち太字部分が、フォローアップの「今後の対応方針」に示された方針、下線部分が、実行計画で新たに追加された方針です

実行計画2023 38ページより

③の「海外における起業家育成の拠点の創設」の部分では、フォローアップにしたがって、起業家を目指す若手人材の派遣事業拡大(5年間で1,000人規模)が明記されました。また、若手人材の選抜方針については「学生や女性起業家を含めた幅広い人材を募集する仕組みとする」との文言が追加されています。

フォローアップ 27ページより

④グローバルスタートアップキャンパス構想

日本の大学・研究機関の人材・研究シーズのグローバル展開にも資するよう、海外トップ大学の誘致、優秀な研究者の招へい等により、ディープテック分野の国際共同研究とインキュベーション機能を兼ね備えた、官民の資金導入によるグローバルスタートアップキャンパスを東京都心に創設する。このため、米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)とのフィージビリティスタディを進める

※上記のうち太字部分が、フォローアップの「今後の対応方針」に示された方針です

実行計画2023  39ページより

④の「グローバルスタートアップキャンパス構想」の部分では、フォローアップ通り、「東京都心へのグローバルスタートアップキャンパス創設」が明記されています。2022年度の成長戦略実行計画の段階では、「内外の大学の誘致を含め、スタートアップが集積するキャンパス作りを推進する。」とされていましたが、2023年度実行計画にはその連携先として米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)が明示されました。

また、フォローアップでは①海外トップ大学との協力関係の構築、②国内大学との研究開発の活性化、③関係自治体と連携した外国人材の生活基盤等、とされていたものが、2023年度の成長戦略実行計画では①〜③に加えて「国内外企業との連携」や「スタートアップ担当大臣の創設」「沖縄科学技術大学院大学(OIST)との共同研究・人材交流推進」等が追加されています。

フォローアップ 28ページより

⑨大学・小中高生でのスタートアップ創出に向けた支援

5年間で5,000件以上の案件について大学発の研究成果の事業化を支援する。

あわせて、大学・小中高生でのスタートアップ創出に向けた支援策として、下記の取組等を推進する。

研究者等が企業と大学・高等専門学校の双方で雇用契約を結ぶことができる「クロスアポイントメント制度」の導入促進を図る。

小中高生を対象にして、起業家を講師に招いての起業家教育の支援プログラムの推進や、小中高生向けに総合的学習等の授業時間も活用した起業家教育の実施の拡大を図る。

※上記のうち太字部分が、フォローアップの「今後の対応方針」に示された方針、下線部分が、実行計画で新たに追加された方針です

実行計画2023  40ページより

⑨の「大学・小中高生でのスタートアップ創出に向けた支援」の部分では、「5年間で5,000件以上の研究成果の事業化」という目標がフォローアップから反映されました。

また、小中高生段階でのスタートアップ創出支援については、「起業家を講師に迎えての起業家教育」の推進に加え、実行計画2023では「総合的学習等の活用」や研究者等が企業と大学の双方に所属することを可能にする「クロスアポイントメント制度」の導入も追加されました。

 

フォロ-アップ 29ページより

⑭海外起業家、投資家への誘致拡大

現在、スタートアップビザ(外国人起業活動促進事業)として、外国人起業家の入国

及び最長1年間の在留を認めているが、その確認を行う者は、国が認定した地方自

治体に限られている。

英国等の諸外国の事例を参照し、国からの認定を受けたベンチャーキャピタル、

インキュベーター、アクセラレーター等の民間組織も、自治体に代わって、起業準備者へのスタートアップビザ発給の確認手続を行える枠組みを本年内に創設する。

また、スタートアップビザの滞在期間を延長し、国家戦略特別区域外国人創業活動促進事業等を活用することで、最長在留期間延長を検討する。あわせて、同制度の全国展開について検討する。

さらに、英国等の諸外国の事例を参照し、国家戦略特区の枠組みも活用しつつ、資産額やスタートアップへの投資実績等を基に、一定額を日本国内に投資すること等を要件として、投資家(エンジェル投資家を含む)向けビザの創設を検討する

国際的なリモートワーカー(いわゆる「デジタルノマド」)の呼び込みに向け、ビザ・在留資格など制度面も含めた課題についての把握・検討を行い、本年度内に制度化を行う。

スタートアップビザ・投資家ビザ取得者等への銀行個人口座開設や不動産取得の簡素化・迅速化、インターナショナルスクールを卒業した外国人子女への大学入学資格の円滑な付与、行政機関・医療施設における多言語対応・オンライン化など外国人への生活環境整備を強化する。

※上記のうち太字部分が、フォローアップの「今後の対応方針」に示された方針、下線部分が、実行計画で新たに追加された方針です

実行計画2023 41ページより

⑭の「海外起業家、投資家への誘致拡大の部分」では、フォローアップ同様、ビザ発給の確認手続きを民間組織も行えるようにしていく方向性やビザの延長、デジタル・ノマドの呼び込みについて記載されました。また、一定額を日本国内に投資すること等を要件として、エンジェル投資家向けのビザを創設すること、及び海外起業家向けの銀行口座開設の簡素化・迅速化やインターナショナルスクールを卒業した外国人子女の大学入学資格の円滑な付与、行政機関・医療施設での多言語対応・オンライン化について記載が追加されています。

 

今回は、実行計画2023を中心に、昨年のものとの比較やフォローアップがどのように反映されているかという点から、主にAIとスタートアップについてご紹介しました。

merpoliでは、引き続き、注目の政策についてもお伝えしていきます。